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教科書は正しい歴史を記すべき

 後藤田正晴氏は、日本人の危険な点として付和雷同性をあげていたらしい。

 私も他のエントリーで書いているように、この点を一番畏れる。一方向にあっという間に流れてしまう点だ。そして、もう一つ、日本人のいけない点は、<過去を簡単に水に流す>という習性である。国民的な記憶力が弱いのではないかと思うほど、簡単に忘れる。
 安倍がもっと利口だったら、この2つの特徴を巧みに利用(悪用)して戦前への回帰を一気に行うことができたであろう。


 集団自決強制に関する歴史教科書の記述削除の問題は、記述復活の方向に動き出した。

 訂正申請で記述復活か/政府側が柔軟姿勢(沖縄タイムス)

 安倍が首相になったことで、執筆者に無言の圧力がかかっていたのは想像に難くない。なにせ極右の偏向した歴史観の持ち主であり、なおかつ恫喝することがとても得意なのだから。しかし、いなくなった今、執筆者も正しい歴史を伝えるという当たり前のことを考えられるようになったのだろう。

 だが、忘れてはいけないのは、この記述削除は偏向した自慰史観を持つ前首相の意向を汲んだものだったということだ。そして記述復活させるのは「沖縄県民の気持ち」(福田首相)の問題ではないということだ。たとえ沖縄県民が声を上げなくても、事実は決して曲げてはいけない。醜い歴史であればこそ、正確に記し、伝えていくべきものなのだ。

 教科書に事実が書けない世の中、そしてウソが書かれる世の中がすぐそこまで来ていた。本当に恐ろしいことである。
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