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須野 語

Author:須野 語
自由を尊ぶ自由人です。
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宮沢喜一元首相逝去

 宮沢喜一元首相が逝った。
 ご冥福をお祈りしたい。

 各紙をみると、宮沢氏は護憲派の代表だったように書かれている。確かにその面もあったとは思うが、自衛隊の海外派遣に先鞭をつけたPKO法成立時の首相であったことが皮肉だ。
 真の護憲派なら、どうしてそれに対抗できなかったのか、堰を切ってしまうととめどなくあふれ出てしまう日本人の性癖を十分にご存知だったはずなのに。。。

 また、積極財政論者で、借金に借金を重ねる愚を繰り返し、現在の大借金国の不名誉な礎を築いた人でもある。

 そして、噂だが、東大法学部卒以外の人間を「人」と認めない傲慢さも有していたらしい。

 にしても、現在の首相よりは圧倒的にまし。少なくとも知能レベルは相当の違いがあろうし、人の心も(たとえ傲慢さがあっても)現首相よりは圧倒的に有していたと思われる。

 再度、ご冥福をお祈りする。

 しかし、である。
 
 かつて中曽根後を争ったいわゆる「ニューリーダー」の3人(竹下・安倍・宮沢)が全員亡くなったのに、未だに中曽根が健在であることに驚く。
 全くもって科学的な話ではないが、それをよく言えば<生命力旺盛>、悪く言えば<魂を吸い取る>ということだろう。

 しかし、こういうことは私の周りを見渡しても往々にしてあるのだ。

 ワンマン社長が90近くまで生き、その周りにいた副社長や専務などは50台~60台前半で死亡してしてしまう事例である。
 尊敬する大先輩がその神話を信じていて、「オレはあの人の近くに行きたくない。」と言っていた。その人は残念ながら(?)優秀だったので、取締役に抜擢された。
 <しかし>と言うべきか、<必然的に>と言うべきか、その人は病気になり退職を余儀なくされた。そして、ほぼ同時に副社長が亡くなった。社長本人はすこぶる元気であったのだが。。。

 繰り返すが、科学的な話ではない。むしろオカルトチックで、眉唾ものの話だろう。

 しかし、私は結構信じているのだ。

「悪魔に近づくな」と。

 日本は今、悪魔に近づきすぎていないだろうか。
 もちろん、あの男のことである。

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社会保険庁の「システム」に騙されてはいけない。

いささか旧聞に属するが、
社保庁システム費累計1兆4千億、開発企業に天下り15人
という記事があった。
「本当にとんでもない役所だ!」
というのが普通の感想だろう。

 では、こういう記事はどうであろうか。6月21日(木)の日経朝刊一面トップに載ったものである。
-----------------------------
「全年金記録を再調査 社会保険庁方針 2億7000万件照合 新規にデータベース構築」

 社会保険庁は公的年金の記録漏れを解消するため、コンピューターシステム上にあるすべての年金記録二億七千万件の入力ミスを調べ、間違った記録を訂正する方針を固めた。手書き台帳を写したマイクロフィルムの内容を新たに電子データ化し、システム上の全記録と突き合わせてミスを修正する。十年はかかるといわれてきた修正が一年程度で終わる可能性が出てくる。
-----------------------------
 もしかすると
「お~、結構ではないか。これでミスの修正が完璧になるのだな。」
と思われる方もいるかもしれない。

しかし、時間関係は前後するが、こんな記事もある。
業務・システムの視点が欠落した「年金記録漏れ」問題の与野党議論

 この記事にもあるように、官庁の情報システムリテラシーは驚くほど低い。「システム」という言葉を聞くと思考を停止してしまうのである。官庁にシステムの専門家はいない。したがって、まともなシステムは作れない、いや、正確に言おう。

 官庁は、まともなシステムかどうか判断できない上に、システムの値段が妥当かどうかも分からない。いってみれば、素人が骨董品に手を出している状態なのである。当然に売り手側の好きなようにされてしまう。つまりは業者の言いなりなのだ。結局、日本では大手5社といわれるITベンダーが得をする構造になっているのだ。

 社会保険庁に限ったことではない。官庁の情報システムリテラシーにはものすごく問題があるのだ。このあたりを理解しておかないと、システム化により年金問題が解決するかのような誤解が広まってしまうし、また、他の官庁に必ず存在するシステム上の問題を見逃すことになってしまう。注意したい。

 ところで、年金問題で名を上げた長妻議員はNECの営業出身で、かつては汎用コンピュータを売っていたのだ。昔から官庁の情報システムに問題があることは分かっていただろうし、当然に「システムリテラシー」は自民党の「ボンクラ官邸団」よりは圧倒的に高いはずである。
 長妻議員の活躍は決して偶然ではなく、経歴を活かした必然といえるだろう。

慰安婦強制否定の意見広告はバカ丸出し

 バカバカしいぐらい単純な論理のお勉強。
 話を分かりやすくするために、細かいことはとりあえず置いておく。

 まず、
「すべての慰安所は日本軍が関与して設置された。」
 これを否定するのは、

「ある慰安所は日本軍が関与しないで設置された。」
 である。

 この否定文から結論できるのは、<日本軍が関与しないで設置された慰安所が少なくともひとつは存在する>ということであり、それ以上ではない。

 もうひとつ。
「ある証拠は軍が強制したことを示す。」
 そして、この否定は、

「すべての証拠は軍が強制したことを示さない。」
 である。

 この否定文から結論できるのは、<証拠というものはすべて軍の強制を示さないものである>ということであり、それ以上ではない。

 もうお分かりでしょう。
 櫻井あしこ、じゃなくて、よしこらのいうことがムチャクチャだということが。
 連中が本当にやらなければならないのは、すべての慰安所の設置に日本軍の関与がなかったことを証明することであり、すべてにおいて軍が強制していないことを証明することなのだ。軍が関与した事実を示す文書が見つかっていない(見つかっているんだけど)としても、関与していない文書も見つかっていないんだから。

 小さな例外や「他国もやっている」などというヨタ事いくらまくし立てても、論理に弱い日本人は騙せるかもしれないが、論理をしっかりお勉強している外国人は騙せない。
「日本のジャーナリストや評論家や政治家というのはこんなにバカなのか?日本人はこんな非論理的な発言を信じるほどバカなのか?」となるのがオチだろう。
 果ては、「日本人というのは論理を知らないのか?こんなやつらとは議論や交渉なんかしても仕方がない。」となるのではないか。

 「親学」とか「愛国心」とかケッタイなことを教えようとする前に、論理学を中学生ぐらいから必修にしないと国際的に通用しなくなるよ。ってもう通用してないか。。。
 いやそれ以上に、論理学なんか勉強させたら政治家や御用学者や御用ジャーナリストらの「バカバカしいぐらい単純なウソ」がたちまち見破られてしまうようになるので、教えないだろうな。

従軍慰安婦否定の意見広告を出したバカども

「はぁ~、またかよ。。。」

 正直な感想である。ワシントンポストに超党派で従軍慰安婦否定の意見広告を出したこと。超党派なので自民も民主も関係ない。まったく、そろいもそろっての連中だ。

 どうして、とっくの昔に論破されているヨタ事を次から次へと繰り返して主張するのだろうか。これはナチスの「ウソも百遍言えば…」の類とまったく異ならない。この連中はアメリカに奴隷制度はなかったと言うのだろうか。ホロコーストはなかったと言うのだろうか。原爆もなかったと言うのだろうか。。。。。。

 はっきり言ってこいつらはバカである。もう本質的なバカである。脳に不可逆的な器質的変化が生じているに違いない、と思わせるぐらいのバカである。

 こういう恥知らずなことをやるバカ国会議員はいったい誰なのか。これは「村野瀬玲奈の秘書課広報室」でまとめて下さっている。

2007年6月14日 ワシントンポスト紙 従軍慰安婦(性奴隷)強制文書否定広告署名国会議員(衆議院、参議院、五十音順) (2007年6月15日作成) 和文表記

 カンマ区切りで記載してあるので、表にすることが簡単である。ぜひ利用してほしい。

 私も早速リスト化した。が、ファイル名をつけて保存する段になって、ハタと考えた。

「バカ国会議員リスト」

 これでいいのだろうか?「バカ」では弱すぎないか?それに「バカ」という呼称は、杉村某とか大仁田某とかの方がしっくりくる。とりあえずは痴的、あ、間違えた、、、知的な雰囲気をそれら「某」よりは備えてそうな珍物、あ、間違えた、、、人物たちなのだから、もう少し工夫したい。

 ちなみに「バカ」を広辞苑で引くと、「おろかなこと。社会的常識に欠けていること。また、その人。愚。愚人。あほう。」とある。

 要するに愚かなのだ。愚人なのである。それは分かりきったことなのだが、繰り返し同じ間違ったことをする人間というニュアンスが少しでもないとリスト名としてはふさわしくない気がする。「バカリスト」とか「愚人リスト」では範囲が広すぎ、かつ、当たり前すぎて気に入らないのだ。ということで、『日本語大シソーラス』で類語を調べてみた。

「愚者 愚人 愚物 大愚 愚図 愚夫 愚婦 駑下(どか) 暗愚 闇穴・暗穴 ぼんくら 盆暗 痴(おこ) 痴(うこ) 痴人 痴者 痴子(ちし) こけ どじ 戯(たわ)け者 戯(たわ)け 糞(たわけ) 死に戯(たわ)け 馬鹿者 馬鹿・莫迦(ばか) 馬鹿垂れ ばかったれ 薄馬鹿 薄ら馬鹿 大馬鹿 大馬鹿三太郎 馬(うま)太郎 屹度(きっと)馬鹿・急度(きっと)馬鹿 阿房(あほう)・阿呆(あほう) 阿保垂れ・阿呆垂れ あほんだれ あほんだら 阿房(あわわ)の三太郎 あわわ 頓馬 頓的・頓敵 頓痴気 間抜け 抜け作 抜かり者 うんのろ うんつく 安本丹 ぽん太郎 うん太郎 パー 脳足りん 脳味噌が足りない 頭が空っぽ 空気頭 能無し ローブラウ ローブロー うつけ者 空(うつけ)者・呆気(うつけ)者 大うつけ すかたん おたんちん 涎繰(よだれく)り 涎垂(よだれた)れ 狂愚 気違い イカレポンチ 明(あき)盲 青(せい)盲 盲 朱儒(しゅじゅ)・侏儒 愚鈍 益体(やくたい)無し 陸(ろく)でなし・碌(ろく)でなし 独活の大木 大男総身に知恵が回りかね 阿房のどん臑(ずね) 木偶(でく)の坊 木偶坊(でこのぼう) 唐変木 猿唐人(さるとうじん) 表六(ひょうろく) 表六玉 天保銭 駑駘(どたい) 行尸(こうし)走肉 昼行灯 鈍間(のろま)・野呂松(のろま) 鈍物(どんぶつ) 鈍(のろ)作 野呂作 鈍太郎 鈍根 薄鈍(のろ) 眉間の延びた奴 温助(ぬくすけ)・温介(ぬくすけ) 温太郎(ぬくたろう) 温若(ぬくわか) ぬっけり ぬっくり 与太郎 半助(すけ) 惚(ぼ)け 惚茄子(ぼけなす) 饂飩食(うどんく)らい でれ助 甘太郎 甘助 おんとう らり助 浮かり坊 頑固 分からず屋 金の無い男と頭の無い女 鮟鱇の唾(つ)に噎(む)せたような人 三尺の童子 頑子(がんす) 白(しろ)搾り・白(しろ)絞り 呉下の阿蒙」

 いや~、あるわあるわ。差別用語もジャンジャカ入ってるし。

 この中でこいつらのイメージにピッタリなのは「狂愚」と感じた。
 ちなみに「狂愚」を広辞苑で引くと、「気違いじみて愚かなこと。」とある。
 う~ん、これでやっと「繰り返し同じ間違ったことする」ニュアンスが出る。で、私は「狂愚国会議員リスト」と名前をつけて保存した。何かに活用したいと思う。

 少なくともこいつらが国会にいることは許せないのだ。

9条を護るためにも

 『反戦な家づくり』の明月さんが行った「9条改憲の賛否を問う質問」への回答がまとめられた。

9条改憲の賛否を問う質問 回答まとめ (一部訂正)

 明月さん、お疲れ様でした。

 この企画には87のブロガーが参加した。私のような超弱小ブロガーから、きっこさんのような超強力ブロガーまで。しかも、政治に関係するブログだけではなく、趣味のブログを書いている人達も。これはある意味すごいことだ。

 正直、この87ブログの中でも、憲法に対する考え方は違うだろうと思う。厳密に突き詰めていけば百家争鳴状態になるであろう。ヘタすると分裂・攻撃にまで至ってしまうかもしれない。
 もしこうなってしまったら、壊憲派の思う壺だ。特に世の中が完全に右傾化し、勇ましい議論が根拠なくまかり通るような現在では絶対に避けなければならない愚行だ。

 少なくとも「9条は1項2項とも護る」という姿勢を持つ者が<疎結合>で声を上げていく必要があると思う。この際、「現政権下での改憲は反対」という程度の右寄の人達を巻き込むぐらいのしたたかさもほしい(たとえば小林節、小林よしのり等)。
 ただ、密な結合は避けたほうがいいだろう。最近、「つくる会」が分裂しているが、こういう現象を反面教師にできるだろう。

 純粋さは尊いが、行き過ぎれば誰とも交わることはできない。そして衰退の道をたどる。密な結合を前提に純粋さが広がりを持つとは思えないのだ。
 特に学級委員的<クソまじめ>が護憲の側には多い気がしているので、念のため。
(学級委員ってだいたい嫌われてたでしょ。)

自衛隊情報収集対策のひとつとして

 「自衛隊情報収集」はかなり大きな問題になってきている。
 まだまだ続くだろう。続かないときは何か大きな(目逸らしのための)ニュースが作られたときと考えていいだろう。

 共産党は中止要求を出したそうだ。共産党の立場としては当然の要求だろう。

 しかし、中止要求で政府が止めるわけはない。
 分かりきったことである。似たようなことを永遠に続ける。手を変え品を変え、ずっと国民を監視する。

 久間防衛相は開き直りさえ見せた。
「自衛隊の情報収集、悪くない」・防衛相

 正しい業務だというのだ。

 しかし、これは<語るに落ちる>の典型例である。自衛隊は国民を敵視していることを証明したのだ。しかも、正当な業務として。

 どうせ政府は市民を「よらしむべし。知らしむべからず」の戦前発想で管理しようとしているのだ。しかし、戦前とは違い、現在は国民の側にも対策はあるのだ。
 「中止しろ」といっても効果がないことはもう分かっている。効果のないことをやるのは無駄にゾロゾロいる国会議員に基本的には任せよう。

 では、何をやるのか。
情報公開請求をするのである。正当な業務なら、それにかかわる複数の文書が必ず存在するはずだからである。

 「なぁ~んだ。そんなことか」と思うなかれ。実は、情報公開請求は役所にとって最も嫌なことの一つなのだ。しかも、国としては非常に新しい制度なので(自治体で先行)、請求者対策が立てにくい。角度を変えて請求しまくれば必ず役所のボロが出る。(薬害エイズ問題を思い出してほしい。あのときは請求権さえなかった。)

 たとえば今回の件でも、その文書が存在するかどうかを確かめるために請求する。「ある」となったら全部コピーを要求する。「ない」となったら不服申立をする。訴訟も起こす。
 
 別の角度でも攻める。件の文書の存在を前提に、「その文書を作成するに至った経緯の分かる文書」を請求する。「評価を記載するに至った組織的意思決定過程の分かる文書」も請求する。「文書の配布先が分かる文書」も請求する。「各市民の行動をどのように把握したか分かる文書」も請求する。もし新聞記事以上のものが存在すれば、その把握現場に出向いた職員の旅費にかかる文書も請求する。

 もう一つ。それぞれのコンピュータのデータも請求する。電磁的記録でも文書だからである。

 ここまでやれば、必ず「文書不存在」といってくる。そこで防衛省内部の職員が、上記の文書に関係するメモ一枚でも持っていれば、訴訟が起こせる。訴訟を起こさないまでも、隠せないボロがまさにボロボロでてくるはずである。

 要するに、「監視やリスト化を止めろ」と要求しても絶対止めないのだから、「業務としてやっているなら見せてみろ」と法に基づいて要求するのである。まぁ、旧国鉄の遵法闘争の発想に近いかな。

 ただ、これを行うなら組織的な対応が必要だ。個人では無理かもしれない。「情報公開請求者リスト」に記載されることは間違いないし、攻撃対象にされてしまう。(本当はこのリストも請求したいところだ。)

 ここにきて、天木直人氏の言うオンブズマン政党の必要性が高まる。
 (オンブズマン政党を結成して欲しい)
 
 国会では議員がバンバン<質問主意書>を連発し、党員は市民の意を受け、政党名で情報公開請求を連発するのだ。

 時間はかかるが、必ずよい方向に向かって動き出す。国が怪しい文書を作りにくくなるからだ(おそらく、役人の大半は情報公開制度の細目を知らない。だから公開対象と知らずに変な文書をたくさん作る)。言い換えれば、情報公開制度をうまく市民の側が使っていないことが国を怪しくする一因でもあるのだ。

 と、ここまで書いて、話がずれて収拾がつかなくなってきたことに気がついた(汗)。
 とりあえず防衛省へのリンクを張っておきます。

 防衛省における情報公開制度について

自衛隊の本質が明らかになった

実に恐ろしい事実が判明した。
自衛隊が市民を監視していたのだ。

自衛隊が「市民」監視 批判的289団体・個人 内部文書を共産党入手

これを明らかにした共産党に拍手を送りたい。そして、内部告発した自衛隊員にも。

詳しいことは他のブログや報道にあるし、また、細かいこともこれからもっと明らかになっていくであろうから、とりあえず言いたいことだけ。

自衛隊・防衛省がこういうことをしているのは十分に想像できた。数年前にも、情報公開請求者のリストを作成し、幹部(患部?)が回覧しているという事実があったが、根っこは一緒だ。彼らにとっては、自分たちを調べようとする者や文句をつける者はすべて敵なのである。

これは一般的な「敵」という意味ではない。具体的な攻撃対象としての敵なのである。

軍隊の本質は、戦争を遂行することにある。戦争とは、敵を殺すことによって自分たちを守ることだ(自衛戦争以外は国際的に認められていない)。
戦争は、国民がどんなに死のうと軍隊が戦闘を継続する限り続く。勝ち負けは軍隊のみで判定される。したがって、軍隊の戦闘力を落とし、戦争継続を困難にする者は、たとえ自国民であっても「敵」とみなされる。
つまり、「自分たち」の中に「国民」は入っていない。

軍隊は抽象的な国民を守ることはあっても、具体的な国民は絶対に守らない。むしろ敵なのである。

軍隊のこの本質を浮かび上がらせたのが今回の問題だ。

また、これは軍隊の本質とは別に日本人が戦前から何も変わっていない証左でもある。
要するに、シビリアンコントロールなんてまったく望んでいないのである。

絶対に忘れてはいけない。

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